2014年03月14日
富士の麓より

富士山ライブカメラより
光る玉が降りた3・11メモリアルデー
神チャネル
桜: う~~~ん、よく神様でも何でも、”想念を使え!”って言うでしょ。
単純に何となく判りますね。
想念を使えっていう事は、要するに、気持ちを変えるとか、前向きに考えるとか、そういう意味の使い方なのか、そういう風に説明されると凄~~くよく判るんですけど、同じですか?
神: ちぃ~~~と違うの?
桜: 違いますか?
神: う~~ん、想念を使えというのは、気を切り替えろとか、そういう意味で言うたんではないな。
想念・・・想念を使う念の使い方、念を使う念力って判るかな?
桜: はい、判ります。それは判ります、実に良く判ります。
神: そのものズバリじゃ。
桜: あっ そっちの方で、これ使えって仰ってるわけ?
神: つまり、現実化させたいんじゃろ?
桜: もちろんそうです。
私の解釈ですが、要するに、全て在る訳ですね。
ですから物だけでなく、現象も在るって解釈しちゃったわけですよ、結果などの・・・
神: それでよい。
桜: それで、その結果に変えよう、変える想念を変えるっていうのは、要するに、今、例えば身体が痛いとすると、痛くない状態も在るんだから、それに変える事にしてしまう、そうすると一寸の時間は残留エネルギーの痛みがあるかもしれないけど、変わってくるという解釈なんです。
神: それでいいよ。
桜: そうすると、引寄せの法ってありますよね?
これは念の深さで、念を使う事で、その強さっていうか、継続性っていうか、コツコツする努力というか、それも全て念ですよね?
それらやることによって、引き寄せられる・・・不純物が入らなければ、入らないほど、引き寄せられる・・・そういう風に解釈しているんですけども。
神: 引き寄せとは、持ってくるんじゃなあ~。
桜: そうです、沢山あるから・・・
神: じゃあ、なんで手元にポンッと出てこないんじゃ?
桜: だから問題はそこなんですよ。
神: だから想念を使うんじゃよ。
桜: それで念を使うという事、ほらここんとこよく判らない。
その念の深さとか色々ありますよね?
よく、そのまんま、そこにコップがあると思ってしまったら本当に在るっていうのは、今マジックだか超能力だか判りませんけど、そこのところで我々が解釈しているところです。
例えば、ジュース飲みたいな、本当にそれがどういう意味の物質引き寄せッて言う感じのところとか、その念の凄さとか、そこのところが曖昧なんです。
良く判らないんです。
神: そうじゃの、ここに現金が欲しいと思うたら、現金がいきなり出て来た、ところがどこかの銀行の蔵が空だった・・・それは引き寄せの法則と違うの、そういう事じゃよ。
ここにその飲みたい物の入れ物が欲しい、他所の所が消えて、こっちに現れる・・・それをまやかしとして、今現世に本を書いて出している輩が居るが、それと同じ理屈じゃよ。
そうじゃない、出すんじゃよ。
こうなると思うたら成るんじゃよ。
為せば成ると教えてある通り、成るんじゃよ。
ただそれを物質化がまだ難しい故に、実際には出てこんが。
自分がこういう行動をとって、こう成ろうと思った時に、その通りになっていく時、無いか?
桜: ありますね、それ・・・
神: それはもう既に、そうさせて居るんじゃ。
それが成るということ。
桜: それはでも、自分の意識というか、意識も念も同じかもしれませんけど、自分の意識っていうものは、比較的粘土のように自在にできますよね?
神: うん、様々に変えられるし。
桜: 変えられます。
神: 自由に曲げられるし。
桜: そうです、そうです。
ですから、そういう想念の所でそういう事は可能かもしれないけれど、例えば、ワインがなみなみとついであるポスターがあるとしますね。
今テレビに出ているマジシャンは、そのワインを飲んでみたいからって、ポットポスターから取り出して飲むんです。
飲み終わると、ポスターにカラになったグラスを返しますと、ポスターのワインは空になっています。
神: それはそのまんま現象化させたんじゃの。
桜: そうです。ですからあのマジシャン達は、特別な意識の訓練をなさってるのかなって考えたんですけど。
神: おそらく、やって居らん。
桜: やっておらん・・・あっ判りました。
神: それは今現在、皆に知らせる為に、その役をやらせて居るだけ。
桜: はい、そう思いました、今、瞬間に。
神: これを皆が当然だと思った瞬間に起こるんじゃ。
桜: それが起こるんですね。
神: 判るか?
桜: そう言う事が、他にもあるのよね。
神: ただ宇宙の法則として、どうしてもやってはならん事もある。
順: 想念を使えば、お題目です。
桜: お題目のように神々は仰るけれども、曖昧な念と想念というのは、イコールでありながら、実際の区分みたいなものも、ある意味では、ある訳でしょ?
だから、想念の中の念・・・念というのはギューーッと想念が凝縮したもの、純粋度が増したモノっていう風に、一般的な知識として我々は受け取っちゃうわけです。
想念という言葉は想念で、一つの総称みたいに解釈しています。
今の色々なお話から言うと、想念使えって言うけれども、念を使えっていう事ね?
神: 念を使ってしもうたら、強すぎる。
桜: 強すぎる?・・・そうなんだ、あっはっはっはは~
神: 想念で良いんじゃよ。
桜: そうですか、あっはっはっは~
神: 想念の使い方なんじゃよな~~~
桜: 想念でも、我々の場合は、随分拡散しちゃいます。
純粋度がないちゅうか、不純物が混じる・・・
神: イヤイヤ、充分に届いて居るよ。
桜: そうですか?
神: 届いて居るがゆえに、今ちゃんと機能して居るよ。
ただ、思いを自由に表現しようとなると、それはう~~ん、まあ、一つ訓練が必要じゃの~~~
桜: やっぱりね。
神: ところが枠からやっとはみ出したんじゃから、もっと枠を外せはよい・・・こういう言い方しかワシ達はできんのう。
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終わらないね・・・中断じゃー^0^
Posted by 笹舟 at
20:22
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