2014年07月14日
富士の麓より
神チャネル
神: 今日はソナタも日常の雑多な事に惑わされずに、ちゃんと仕事して居るの。
順: 有り難うございます。センターに来させて貰うと、本当に枠が取れたように、鎖が取れたような気分になって、ホンワカした気持ちになります。
神: うん、まあ、いつもホンワカされてもこまりもんじゃが、こうしてマジな顔というか、そういう気分でワシたちと接して暮れる事は有り難いの。
順: ハイ、よろしくお願いします。
神: うん、想念の事を今話しておったの?
順: はい、今神様から想念のことで、チョコチョコッとお言葉貰いました。
神: うん、一昨年辺りから、”想念の使え!” ”想念を使え!” と、神々がソナタ達に申しておるの?
順: はい。
神: ならば、昨年末に明けた「皇輝元年」を決めて、建国ではなくて、新世紀じゃ・・・そうしたその意志,ソレをもって、ソナタ達は形を成したの?
順: はい、その時に、新しき御代が明けたと、私達は真剣に感じ取りました。
神: じゃが、しかし、その事は今、この3次元と呼ばれる地上に、目に見える形では現れておらんと感じる者も多いはずじゃ。
順: はい、まだ現実的には破壊が進む世の中です。
神: そうそう、前の後片付けが山ほど残っておるでな。
ならば想いを現実化するという事、この想念のカラクリを,今一つ、皆にソナタ達が説けばよい。
順: はい、ですが説くこと自体にも、私はまだ今、今の時点では限界を感じておりまして・・・
神: そう、その感じる心も現象化してしまうという事。
順: はい。
神: よいか、先程も富士の山の神が、新しき御代における言葉を下されたの?
順: はい。
神: 「存る」と言うたであろう。
順: 仰いました。そこに「存るんだ」と。
神: 「存る」という事を信じるという事、「信」とはなんぞや?
前にも言うたの?・・・ただの人の言う事じゃ。
人の言うた事、それを信じると言おう。
言霊は人が言うた事は、魂に宿って、現実化するという事。
順: はい。
神: 誠に日本のカラクリじゃの。
順: そう思います。
他の言語では、とうてい現せられない状態ですので。
神: うん、言霊によりて、それが現実化し・・・但し、ここに問題が起こるのは、時差があるという事じゃの。
順: はい、あり過ぎると思います。
時には何十年も差が出て来ますから。
神: そう、その差は何ぞや?
順: 何ぞやと仰いますと?
神: ソナタ達の心の中にも、まだ三次元じゃと思うておる部分はないか?
順: はい、そういう部分はあります。
神: それが遅らせておる。
それも想念のカラクリじゃ。
在ると言うたら、在るんじゃよ。
順: はい。
神: 在ると言うたら在る。じゃから、まだ来てないという言葉を使えば、そちらも現象化する。
信じるという事は、誠に、今のソナタ達からすれば、難しく感じるであろうな。
イヤイヤ、それすらも難しいと感じる心がそうさせているという事、全てが想念のカラクリ。
順: なら、絶対なんだって真剣に思っていても、どっかで、それを否定的なものにしてしまう・・・そんな想いを巡らせているという事ですね?
神: 行動には、どう出て居るんじゃ?
在るとして行動して居るのか?
それとも在るんだけれども、まだ来てないから、これをやっておこうとなっておらんか?
順: いや、それはあります。
今はまだコレがあるんだから、これをキチンと対処していかないと卒業できないって、私言ってます。
特に子どもの学校とか、下らない事に関してはです。
神: それも響くんじゃよ。
順: はい。
神: 具体的な説明を今しておる訳じゃ。
細かい日々の言葉の使い方、言葉とはホンに難しく大変じゃの。
・・・と思えば、その大変な所が先走ってしまうという、カラクリが在る訳じゃよ。
ワシ達が言葉を発するときには、例え思いがあっても、言葉を発しないという、この理屈、判るか?
順: と、仰いますと、言葉を言うと、その言葉自体の方が、重きがあるという事ですか?
神: うん、まあ、そういう事じゃの。
言葉で出して、波動にしてしまうと、思っているだけの事よりも、そちらの方が強い訳じゃ。
よく言うじゃろ?・・・出した言葉は飲み込めん・・・そう言うた事があるじゃろ?
言葉に出す事の方が、事が重大な訳じゃ。
順: はい。
神: 言霊とは、そういう事。
思って居るだけでも大きいことなのに、それを言葉にするという事は、更に大きくなるという事。
思いを祈りに捧げるとは、そういう事。
祈るとはそういう事、判りるか?
順: ですから、祈りはちゃんと詔ではないですけど・・・言葉間違えました。
神: うん
順: 祝詞でしたね?・・・祝詞とかの言葉にして出すから、そちらの方が先に広がるという事ですね?
神: ソナタ、説明に苦労しておるの。
順: はい、非常に苦労しました、今・・・
神: そういう事じゃの。言葉とは、その様な重きのあるもの。
思いを言葉にする時には、必ずや行動を共にするという事、コレが大切。
言葉に出せば行動じゃ。有言実行じゃ。
有言不実行では、これはどうしようもないのう。
順: はい、そうですね。言葉に出してまず実行する。
言葉に出したら実行する・・・これを自分が証明して行かなければならない訳ですよね?
神: そう、証明するときたか・・・まずは、言うたらやる!
言うたらやるじゃ!
順: はい。
神: 思っているだけでは事は進まんな~~~、まあ、どんな事でも、思いを巡らせるのは自由、しかし、言うたらやる事じゃ。
それが、「ここに在る」という事・・・在るとはそういう事。
すでに在るとはそういう事。う~~~ん、一見かけ離れたように見えるが、それをまず徹底してやってみたらどうかの~~~
順: 有り難うございました。有言実行です。コレをまずやるという事、言葉のカラクリに惑わされない、思うだけじゃない、言ったらやる。
でも、シンプルですよね? 言ったらやるんですよね?
神: そういう事、国を建てるとは、言ったらやるという事に繋がる訳じゃの。
順: 有り難うございました。
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市兵衛のお伊勢様
小さくても伊勢の分社で千曲市だったかな・・・あるのは。
神: 今日はソナタも日常の雑多な事に惑わされずに、ちゃんと仕事して居るの。
順: 有り難うございます。センターに来させて貰うと、本当に枠が取れたように、鎖が取れたような気分になって、ホンワカした気持ちになります。
神: うん、まあ、いつもホンワカされてもこまりもんじゃが、こうしてマジな顔というか、そういう気分でワシたちと接して暮れる事は有り難いの。
順: ハイ、よろしくお願いします。
神: うん、想念の事を今話しておったの?
順: はい、今神様から想念のことで、チョコチョコッとお言葉貰いました。
神: うん、一昨年辺りから、”想念の使え!” ”想念を使え!” と、神々がソナタ達に申しておるの?
順: はい。
神: ならば、昨年末に明けた「皇輝元年」を決めて、建国ではなくて、新世紀じゃ・・・そうしたその意志,ソレをもって、ソナタ達は形を成したの?
順: はい、その時に、新しき御代が明けたと、私達は真剣に感じ取りました。
神: じゃが、しかし、その事は今、この3次元と呼ばれる地上に、目に見える形では現れておらんと感じる者も多いはずじゃ。
順: はい、まだ現実的には破壊が進む世の中です。
神: そうそう、前の後片付けが山ほど残っておるでな。
ならば想いを現実化するという事、この想念のカラクリを,今一つ、皆にソナタ達が説けばよい。
順: はい、ですが説くこと自体にも、私はまだ今、今の時点では限界を感じておりまして・・・
神: そう、その感じる心も現象化してしまうという事。
順: はい。
神: よいか、先程も富士の山の神が、新しき御代における言葉を下されたの?
順: はい。
神: 「存る」と言うたであろう。
順: 仰いました。そこに「存るんだ」と。
神: 「存る」という事を信じるという事、「信」とはなんぞや?
前にも言うたの?・・・ただの人の言う事じゃ。
人の言うた事、それを信じると言おう。
言霊は人が言うた事は、魂に宿って、現実化するという事。
順: はい。
神: 誠に日本のカラクリじゃの。
順: そう思います。
他の言語では、とうてい現せられない状態ですので。
神: うん、言霊によりて、それが現実化し・・・但し、ここに問題が起こるのは、時差があるという事じゃの。
順: はい、あり過ぎると思います。
時には何十年も差が出て来ますから。
神: そう、その差は何ぞや?
順: 何ぞやと仰いますと?
神: ソナタ達の心の中にも、まだ三次元じゃと思うておる部分はないか?
順: はい、そういう部分はあります。
神: それが遅らせておる。
それも想念のカラクリじゃ。
在ると言うたら、在るんじゃよ。
順: はい。
神: 在ると言うたら在る。じゃから、まだ来てないという言葉を使えば、そちらも現象化する。
信じるという事は、誠に、今のソナタ達からすれば、難しく感じるであろうな。
イヤイヤ、それすらも難しいと感じる心がそうさせているという事、全てが想念のカラクリ。
順: なら、絶対なんだって真剣に思っていても、どっかで、それを否定的なものにしてしまう・・・そんな想いを巡らせているという事ですね?
神: 行動には、どう出て居るんじゃ?
在るとして行動して居るのか?
それとも在るんだけれども、まだ来てないから、これをやっておこうとなっておらんか?
順: いや、それはあります。
今はまだコレがあるんだから、これをキチンと対処していかないと卒業できないって、私言ってます。
特に子どもの学校とか、下らない事に関してはです。
神: それも響くんじゃよ。
順: はい。
神: 具体的な説明を今しておる訳じゃ。
細かい日々の言葉の使い方、言葉とはホンに難しく大変じゃの。
・・・と思えば、その大変な所が先走ってしまうという、カラクリが在る訳じゃよ。
ワシ達が言葉を発するときには、例え思いがあっても、言葉を発しないという、この理屈、判るか?
順: と、仰いますと、言葉を言うと、その言葉自体の方が、重きがあるという事ですか?
神: うん、まあ、そういう事じゃの。
言葉で出して、波動にしてしまうと、思っているだけの事よりも、そちらの方が強い訳じゃ。
よく言うじゃろ?・・・出した言葉は飲み込めん・・・そう言うた事があるじゃろ?
言葉に出す事の方が、事が重大な訳じゃ。
順: はい。
神: 言霊とは、そういう事。
思って居るだけでも大きいことなのに、それを言葉にするという事は、更に大きくなるという事。
思いを祈りに捧げるとは、そういう事。
祈るとはそういう事、判りるか?
順: ですから、祈りはちゃんと詔ではないですけど・・・言葉間違えました。
神: うん
順: 祝詞でしたね?・・・祝詞とかの言葉にして出すから、そちらの方が先に広がるという事ですね?
神: ソナタ、説明に苦労しておるの。
順: はい、非常に苦労しました、今・・・
神: そういう事じゃの。言葉とは、その様な重きのあるもの。
思いを言葉にする時には、必ずや行動を共にするという事、コレが大切。
言葉に出せば行動じゃ。有言実行じゃ。
有言不実行では、これはどうしようもないのう。
順: はい、そうですね。言葉に出してまず実行する。
言葉に出したら実行する・・・これを自分が証明して行かなければならない訳ですよね?
神: そう、証明するときたか・・・まずは、言うたらやる!
言うたらやるじゃ!
順: はい。
神: 思っているだけでは事は進まんな~~~、まあ、どんな事でも、思いを巡らせるのは自由、しかし、言うたらやる事じゃ。
それが、「ここに在る」という事・・・在るとはそういう事。
すでに在るとはそういう事。う~~~ん、一見かけ離れたように見えるが、それをまず徹底してやってみたらどうかの~~~
順: 有り難うございました。有言実行です。コレをまずやるという事、言葉のカラクリに惑わされない、思うだけじゃない、言ったらやる。
でも、シンプルですよね? 言ったらやるんですよね?
神: そういう事、国を建てるとは、言ったらやるという事に繋がる訳じゃの。
順: 有り難うございました。
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市兵衛のお伊勢様
小さくても伊勢の分社で千曲市だったかな・・・あるのは。
Posted by 笹舟 at
22:46
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